2009年10月 9日 (金)

猫の白昼夢

毎日ご飯をたべさせて呉れる二本足の動物はいったい何者なのだろう?

たいていの動物は、四本足と決まっているのだが同居人は二本足で歩いている。

この種類は動物ではないと思う。 じゃー、やっぱり化物かな?

俺は暖かいベランダーで、つい眠気を催しぐっすりと眠ってしまった。

俺は母ちゃんと、おいらネコ族の歴史と未来について話している夢を見た。

そして母ちゃんは、俺達5匹の子供を産んだが、その子供たちは二本足の人間族に河原に捨てられたと言う。

無抵抗で未だ目も見えない俺たちを捨てるとは、なんたる残虐非道な奴らだ。

俺達の母ちゃんの嘆き悲しみを踏みにじって・・・・・

母ちゃんは毎日子供のことを案じながら、泣いて、ないて一生を閉じたという夢だった。

そして「二本足の人間族には甘い顔を見せるんじゃないよ!注意しなさいよ!」と言うところで目が覚めた。

そうか!俺の同居人は横暴で残虐な二本足の人間族だったのか。知らなかったな~。

今頃気が付くなんて俺もバカだったな~。

俺達ネコ族こそ、地球の先住民族で高度な文明をもって大自然の掟を護り、地球の環境を大切にして生態を崩さないようにやってきた。

先祖代々護ってきた大自然は俺たちが作った財産なのだ。

と言う訳で、その後地球に二本足の人間族が俺達先住民族の動物世界を侵略してきた。

俺達ネコ族は一億一心火の玉になって抵抗したが、刀折れ矢も尽きてついに耐えがたきを耐え忍びがたきを忍んで、無条件降伏した。

本土決戦を主張する勇敢な将兵もいたが、仕方がなかった。

そして人間族の属国として現在に至っている。・・・・・(続きは次号で)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年9月21日 (月)

天国と地獄

天国と地獄についての問いかけは、それ相当の年齢に達した頃に、

にわかに考えるものだね。

昔えらい坊さんがいた。名前は親鸞さん。。。

この親鸞さんが【嘆異抄】という書物の章で、

 「悪人生機説 」でこんなことを言っている。

(善人なをもて往生をとぐ、いわんや悪人をや。)

善人はもとより悪人も天国に行ける。という意味らしい。

 ある男が居たそうな。

彼は念願叶って天国に来たんだね。

辺りは百花繚乱、きれいな花が咲き乱れ空気は爽やか小川の水も美しかった。

(わァ~天国って素晴らしいところナ~)男は心から喜び幸せに思ったんだって。

しかし一年二年と月日が流れ、毎日同じ事の繰り返しで、

やがて詰まらなくなって、 うつ病になったんだって。

ちょうどそんな時、男の前を坊さんが通りかかった。

男は訴えた。

「天国って、こんなに暇では私はもう狂いそうだ、天国って辛いところだね!.」

坊さんは答えた。

「お客さん此処を天国と思っていたのかね。此処は地獄ですよ。」

なんかへんだね?・・・・私の感想

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月15日 (火)

風立ちぬ

007

池のほとりを歩いていると、

こんな花を見つけました。

今年の秋はいつもの年より早く来た。

池の水面を渡る風は爽やかだけど、

半袖では涼しすぎる。

秋!幾度となくめぐり来た秋なのに、

又、寂しさを予感させる秋の風は

寒い冬の訪れを運んで来るのだろう。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2009年8月 9日 (日)

忘れられない日

今年も8月9日が来た。64年前8月6日、広島原爆が投下され続いて長崎に原爆が投下された。

そしてソ連が国境を越えて、日本に宣戦布告して来た日である。私が住んでいた港町にも戦闘機と、爆撃機の猛爆で多数の日本人が犠牲になった。

艦砲射撃に肝を冷やし、ソ連軍が上陸用舟艇で上陸してきた。機銃掃射に怯え命からがら山の中を道なき道を、避難をした。直線で200キロの道を山を越え谷を渡り、大きな川を腰までつかりソ連軍に見つからないように、迂回しながら白頭山の麓で隠れていた。

空腹のため何でも食べた。中にはキノコを食べて中毒を起こして死んでいるのや、山の中で産んだ赤ん坊を、すでに死んで異臭を放っているのに、おんぶしているお母さんもいた。

老人は歩けなくなり道端に座り込み、病人は取り残されて、退却してくる日本帝国軍人も、知らない振りして見捨てた。日本は敗北した。

本当に戦争は意味のない虐殺ですね。人間は高等動物なんて言っているけれど、なんと人間ほど悪い動物は地球上には居ないでしょう。

原爆に遭われた人、空襲で亡くなった人、戦争で戦死した人、日本は今平和であるのは、そんな犠牲者が残してくれた礎があればこそです。今日は戦争で犠牲になった人達への冥福を祈る日ですね。

64年前の昭和20年8月9日、合掌

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年8月 6日 (木)

時計草

Vcm_s_kf_repr_640x480 夕日を浴びて散歩していたら、

他所の方の垣根越しに珍しい花が咲いていた。

時計草の花だと教えてくれて、

これが時計草だと改めて確認した。

まるで一秒一秒の時を刻むかのように、

                  静かに静かに。。。。

                  何秒間咲いているのか、今何時を告げているのか、

                  たしかに時は流れている。

                 

                 ふと思った。一分は六十秒一時間は三万六千秒

                 頭が混乱する、もう判らない。

                 家に帰って計算して見ようか、、、、

                 そして偉大な事実を発見した。

                 人間オギヤ~と生まれて八十年として、

                 何と二十五億二千二百八十八万秒

                 二十五億には驚いた。

                 『生きること』とは小さな時間の積み重ねで、

                 凄いことだと改めて思った。

               

                それにしても、僕は暇なんでナ~。

                 

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2009年7月29日 (水)

不整脈解消

東京駅と横浜駅の、迷路のような出口と入口に戸惑いながら、

私は横須賀駅の前に立っていた。

若い頃海に憧れてこの港町に佇んだ時があったが、

今は高層建築で、駅から海が見えないのは人間が増えたのと文明の進化に依るもので何となくノスタルジーを感じるとともに、自然がなくなった事を残念に思う。

20年以前から悩んできた、心房細動が慢性になった不整脈を完治手術しにやって来た。

年齢的にギリギリの手術で,5分5分の勝負だ。4時間に亘る手術は終了し私は勝った。

もう不整脈は治ったのだ。嬉しかった、涙が溢れる、心が弾ける様だった。年齢の壁を破ったのは担当医師の、並々ならぬ研究のお陰と感謝いっぱいの涙、涙。。。。

又東京の迷路を何とかクリアして、仙台駅に降り立った。

手術の苦痛を堪えた、ベッドにて絶対安静にしていたから、からだ全体が筋肉痛で、心とは裏腹に足が重たい。

これからは生まれ変わったと思って、山登りは無理だが人生を楽しみたい。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年6月20日 (土)

北朝鮮の寧辺(ミョンドン)では核開発で世界の注目を集めている。北朝鮮は核を持つことで世界の強国と対等に、外交政策が出来ると自負して強盛大国をスローガンとしている。

又、テボドンとかノドンの実験も、着々と進み何処を目標にしてるのかなんか怖い情勢だ。

私は北朝鮮とロシアの国境の近くにある港町、羅津(ナジン)と言う町で生まれ育った。日本敗戦20年8月15日の少し前ソ連(ロシア)が怒涛の如く国境の越えて日本に襲いかかった。

私たち日本人は、土地も家も家財も株は勿論現金さえも捨てて、食料の入ったリュックサックだけを背負って戦争難民となった。

友達や幼馴染モ、ソ連機の爆撃と機銃掃射で失い多くの日本人はその犠牲になり、父も途中で病気になり、丁度今話題の寧辺(ミョンドン)で死んで朝鮮の土になった。私たち家族5人は穴を掘って埋葬した。

半年くらい寧辺の山の中に隠れていたが、栄養失調で骨と皮になり餓死寸前で、ソ連兵の保護を受けて難民生活2年を送った。

その寧辺(ミョンドン)が今騒がれている核の実験場になっている。

父親が眠っている山は果たして大丈夫なのか、核実験と共に吹き飛んでしまったにではないかと思ったりしている。

私たちは故郷を持たない日本人だ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年6月17日 (水)

ポンコツ

高齢化社会と言っている内に高齢社会になってしまった様だ。

地区の民生委員が65歳以上の家庭を回り、何かと相談に乗っているのはとても良いことだと思っている。

日本の人口で戦争を体験した人は全体の10パーセントを割り込んだとの報告もあり戦争を知らない世代が、今や日本を動かしている。

先日我が家にも、民生委員の方がお出でになり、生活の不安とか健康について、色々なアドバイスを頂いた。

「不安はありませんか?」「健康の状態はどうですか?」「地震の時はすぐに駆けつけますからね」と有難いものだと思った。

でも私は家で本読みばかりをして、外出はスーパーに買い物に行くか本を買いに行く位であまり外出はしなくなった。確かに足の筋肉が衰えた感じで歩くと足が重い。

民生委員曰く「一日一回は外の空気を吸いに散歩でもしないと、老い込みますよ!」と来た。私は後期高齢者三年生で散歩も、めんどうになり自然の摂理に逆らわないで今は生きて行こうと達観している。

誰でも歳をとれば若者も赤ちゃんも老い込むのが当たり前。『老い込んで何が悪い!』と心の中で反発している。反発するのも若さを保つ方法かも知れない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年6月 6日 (土)

同居人

寝ても覚めても、おまえは一緒

お前は俺の同居人

痛みという名の同居人

何の因果か知らないけれど

俺は好きでもないのに、惚れられて

何故かこの身に取り付いて

毎日お前と暮らしてる。

長い間を一緒に暮らしゃ

愛いやつだと宥めてやろう。

こんな言葉にいい気になって

今日もお前が暴れてみても

いつかはお前と別れてやるぞ。

痛み止めの点滴と

丸い黄色の痛み止め

飲んでお前と別れるぞ

どうしても別れるのが嫌ならば

暴れるのは止めにして

一緒に暮らそう同居人

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年5月30日 (土)

勲章

011 窓から見える庭に、緑が輝いて、

空は青が透き通り、香りが爽やか に渡る。

白衣が初夏の青に舞い上がって、

私の眼は眩しかった。

流水無常、時が流れて、

                  『線維筋痛症』という

                  名誉ある立派な勲章を頂いた、

                  私は厳しい山道の入口に立つ事になった。

                  退院の時まだあどけない

                  平成生まれのナースが

                  人差し指と中指を立てて

                  「ニッコ」としたのにに笑みを返して、

                  私はタクシーに乗った。

                 

                  

| | コメント (4) | トラックバック (0)

«別荘に行って来ます。